周一ぶつぶつ

2013.02.19
子どもは信ずるに値する存在である

-新しい赤ちゃんの知見から-
園長 安家周一
現代の研究では人類がアフリカに出現してから600~700万年ほどが経つとされています。始祖の人類は食べ物を求めて新天地に移動を始め、陸を旅し海を渡りました。文化人類学の化石の研究により当時から2足歩行の様子が判っています。この2足歩行によって、道具を使ったり火の使用を獲得するなどとともに、獲物を自分たちの集落まで持って帰ることができるようになり、現代文明の礎を築いたといわれています。また「人間は他のほ乳類とは違って約1年ほど早産・未熟で生まれる」とも言われます。このことは、人間の進化にとって鍵となる要素が含まれています。
学問の世界でも私たち人間に対する興味は尽きず、発達や脳科学などの研究は次々に新しい発見もあり、過去の常識が塗り直されています。赤ちゃん研究についてもしかりで、拙稿ではその新しい知見から子どもの育ちを考えてみます。
■「新生児は白いキャンパスのような存在だ」
アメリカにスキナーという行動心理学の研究者がいました。「私に新生児を与えてくれれば、大学者にでも大泥棒にもしてみせる」という逸話が残っていますが、要は人間は生まれて後の環境や教育によってどのような人に仕立て上げることも出来る、という意味です。“氏か育ちか”という論争が過去にありましたが、人間は生まれた後の“育ち”が生育を支配すると考えたわけです。しかし、エコーなどで鮮明な胎内を見ることが出来たり、胎児が生活する母体内にスコープを入れて観察できるなど、出産前の状態がつぶさにわかるようになり、胎児は耳も聞こえるし目もある程度見える、甘い苦いを区別する味覚も育っている事が判明しました。又、体内で右を向いている子は右手の指を吸い、左を向く子は左指を吸うこともわかり、それが右利き左利きを決定づけるとさえ言われています。赤ちゃんは生まれてからどのように育てる“白いキャンバス”ではなく、生得的にそれぞれ違った相当の能力を有していると言うのが現代医学、生理学、心理学の常識とされています。
■赤ちゃんの自発的な運動=ジェネラルムーブメント
赤ちゃんを仰向けに寝かせていると、自分の足や手をよく口に持って行き、なめたりかじったりします。お腹を上に向けて寝るのは人間だけですが、この行為は、赤ちゃんが自分の手足をなめることによって、自身の肉体であることを確かめる行動と言われています。自分を知ろうとする自発的な行為です。又、外からの刺激がないのに、ピクピクしたりバタバタしたり、モゾモゾしたりします。これも自発的運動と呼ばれていて、誕生後の自発運動は、赤ちゃんの脳や神経の発達と関係していると考えられます。
■赤ちゃんは大人に指示を出し、操作する
お腹がすく、おしめが濡れて気持ちが悪い、身体がむず痒い、抱っこして欲しいなどの要求を、泣くという行為=言語によって周りの大人に伝えます。その訴えに周りの大人は反応し、赤ちゃんのそばに来て優しく声を掛けます。「お腹がすいたのかな?それともおむつかな?」と言って抱き上げ、赤ちゃんは欲求が満たされると、安らぎます。一見当たり前のような感情の交歓ですが、この行為を通して、赤ちゃんは、泣く→大人が来るという反復によって、自分が呼べば大人が来てくれると言う実感を感じ“私はこの世の主人公なんだ”“自分には能力があるんだ”という自己有能感を自らの心にため込みます。まさしく、人との愛着関係を自ら獲得しようとする能動的な学び手であることがわかります。
その反対は、第2次世界大戦後大問題となったホスピタリズム=施設病があります。戦争孤児を施設に収容し、十分な栄養と清潔であたたかいベットを用意したにもかかわらず、子どもたちの知的能力は育たず、身体も育たないという症状が顕在化したことでもおわかりのように、赤ちゃんにとって、心の交流の有無は死活問題なのです。
■人間は約1年早産している
人間以外の哺乳動物とは違って、人間はとても未熟な状態で生まれます。この原因は諸説ありますが、第1番目にあげられるのが女性の骨盤のサイズです。2足歩行のため骨盤の幅が狭く、ぎりぎり通れるサイズがあの未熟な大きさなのです。しかし、そのことによって、もって生まれた能力以外に、未熟が故に外界の関わりによって、様々な能力を身につけることが出来ています。小さく軽いために容易に抱き上げることができることや、抱っこ・おんぶなど、大人との密着により、守られている実感や愛着を手に入れます。抱っこされている時に大人が注視した方向を赤ちゃんも一緒に見るなど、密着しているが故に共感覚を経験することも出来ます。そのように、高度な文明を成し遂げるための様々な能力は、乳幼児期に大人と一体で生活している時期の関わりが、赤ちゃんに及ぼす影響が大きいことがわかります。
■最後にまとめとして
赤ちゃん学会理事長の小西先生は次のように述べられています。『今、赤ちゃんという存在があらゆる分野で注目されています。従来の小児医療や発達心理学だけではなく、脳科学や物理学など異なる分野も加わって「赤ちゃんの不思議」が解明されようとしています。赤ちゃんは「育てられる存在」だけの受け身な存在ではなく「自ら育つ」様々な能力を持つことがわかってきました。』(知れば楽しいおもしろい赤ちゃん学的保育入門 小西行郎、フレーベル館)
上記にあげたいくつかの事例だけではなく、
・赤ちゃんの認知発達・赤ちゃんと運動発達・赤ちゃんの脳のネットワーク
など、様々な研究が進みつつあります。不思議の全部が解明しつくせるとはとうてい思えませんが、この変化する新しい知見を良く理解し、保育に生かすことが私たちの使命と心得ます。保育者や保護者と共に育て・育つことを大切に、一生の内で一番大切なこの時期、これからも楽しんで保育に当たります。

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学校法人あけぼの学園/社会福祉法人あけぼの事業福祉会