園の下の力持ち

2026.02.01
目に囲まれている

最近、中学校や高校などにおけるいじめ事案(というか目に留まるのは暴行事案)がSNSなどを通じて大きな騒ぎとなり、後手後手で警察や学校、教育委員会が対応に追われているような展開に見える形で炎上し、テレビにも時間差で報道が移ることを目にします。
もちろん、ダメなことはダメなのは間違いありません。そのような暴力やいじめに遭っている当事者を救うことができる大人が、いち早く手を差し伸べるべきだとも思います。

ただ、これまでは少年法に基づき、未成年に対する報道規制という一定の制限の中で、表向きにはオブラートに包まれた形で私たちは情報を手にしていました。その規制は、もしかすると特定されないという点に於いては、加害者にとっても、さらには被害者にとっても、その後の人生の中ではプラスに働くことがあったのかもしれません。別に加害者を擁護するつもりは毛頭ありません。拡散され、報道された暴行事件の映像を目にして(当たり前のように検索すれば無修正の顔だしで映像が見れます)、非常に不愉快且つ気分が悪くなりました。しかし、今の現状を踏まえて考えると、現在マスコミと呼ばれている集団が扱うオールドメディア(テレビ・新聞など)では、少年法が規制する実名報道やプライバシー保護は引き続き守られるのに対して、SNSという個人情報発信基地への規制がない状態では、正義感だけで突き動かされた人たちが、受け取った映像をそのまま拡散し、それに反応した一部の正義の味方気取りの人間が、被害者と加害者を特定し、直接アプローチをかけるという危うい状況を広げています。

小学生が中学生に首を絞められた上に海に突き落とされた事案がありました。あの映像もSNSで拡散され、大問題となりましたが、被害者加害者の特定はもちろん、加害者の保護者の情報、住まい、電話番号、職業に至るまで、あたかも指名手配犯なのではないかと錯覚するような情報まで拡散されています。

もしこれが、あまり知らない第三者ではなく、自分や、自分の家族の事だったら、どう考えるのでしょうか。生きた心地がしないのではないかと思うのです。

オーストラリアでは、16歳未満の交流サイト(SNS)利用を禁止する法律の施行を受け、10のSNSで約470万のアカウントが停止されたと先日発表がありました。子どもたちにSNSを使えなくすることも一つの方法なのかもしれませんが(でもそうしたら問題となるような映像が隠蔽される可能性が増し、それはそれで健全ではないのかもしれませんが)、問題を覆い隠すのではなく、節度を持った、法に則ったSNS規制というものの具体的施策が求められていると感じます。誰でも警察気取り、常に防犯カメラや誰かに見られていると感じながら生活するような今の状況を、本当に不憫に感じます。

ページの
先頭へ

学校法人あけぼの学園/社会福祉法人あけぼの事業福祉会