周一ぶつぶつ

2012.09.13
保護者との信頼関係構築と保育

1)現代の子育て環境と保護者支援
1-世の中はFast、子育てはSlow
つい4~50年ほど前まで、日本はこんなに裕福ではありませんでした。きょうだいのお下がりを着ている子どもは多くいましたし、靴下につぎあてが当たっていることも、不思議ではありませんでした。家事においても、全自動洗濯機もあるにはありましたが、全自動とは名ばかりで、結構洗濯にも手間がかかり、もちろん食器洗浄機は、普通の家庭にはありませんでした。
文明はどんどん進み、家庭は電気製品があふれています。今ではほとんどの家事はスイッチを押すだけや、誰でも簡単に使いこなすことのできる電化製品が主役で、家事は軽微にこなすことが出来るようになりました。50インチの巨大画面のテレビがリビングにある家も珍しくはありません。日本は物質的に豊かになり、便利に、手軽に、快適に生活できるような国になりました。
2-子どもという生き物は…
それに反して、子どもを育てる営みや育つ道筋は古代からあまり変わっていません。そして子どもは親に圧倒的に奉仕を求める生き物です。乳児の不安ではあるが比較的扱いやすいバブバブ期を経てイヤイヤ期へと移行し親を困らせます。3歳前後には親の言うことを聞かず、走る、暴れる、こわす、投げる、変な日本語で暴言を吐き捨てるなど、本当に困った状態になります。周りに子育て仲間や支援者がいれば、落ち着いておおらかでいることも可能ですが、イライラを通り越して、虐待に及ぶ親が出現するのもあながち不思議ではありません。
自分の周りにある、便利で快適で…の環境とは全く違った子育てに、イライラ感を募らせる母親が多く出現します。勢い、早くから保育所に預けるために仕事を探すと言う、本来の意味とは少し変化した選択をする親も多くいる時代になりました。
方や3歳まで家庭の中で奮闘しながら自分で育てている親もいます。祖父母が近くに住んでいたりすれば、それはそれで何とかなりますが、父親も朝早くから夜中まで長時間の仕事をしなければならないサラリーマンですと、母親は孤軍の子育となり本当に大変です。そのような環境の中で何とか育て、3歳過ぎから待ちに待った幼稚園に入園となります。最初、少々のとまどいはありますが徐々に子どもは集団生活を楽しみ始めます。親は親同士の付き合いが始まりおしゃべりで楽しい時間の確保も出来るようになりますが、うまく交流できなかったり、園や先生との交流でぎくしゃくすることもあり、これまたイライラすることもあります。子ども通しのトラブルも、当然の事ながら発生し、心を痛めたりと、今までとは質の違った悩みが発生します。
世の中がFast(Fast Foodなどに象徴される便利で手軽での意味)になればなるほど、コントラストが際だち、全くSlowな営みである子育てを疎ましく感じることも、多々あります。このような感情をため込んでいる多くの保護者と、集団保育の場面でつきあうことになるのですから、子どもとの保育以上に保護者との交流にエネルギーを必要とすることは自明の理なのですが、そのこと自体、保育を学んでいる学生達には想像が及んでいません。
2)保護者との信頼関係はなぜ大切なのか
1-「保育」という営み自体がわかりにくいこと
保育現場ではよく「保護者との信頼関係」が話題になります。若い保育者にとって、保護者とのコミュニケーションを重荷に感じる人が多いことも、現代的な特徴でしょう。これらの原因はいくつか考えられます。
最初から「子どもは好きだけど大人は苦手」と意識している人もいます。又、小さい頃からゲームやメディアに向き合い、人との葛藤をあまり経験することなく育った環境で、コミュニケーション能力が不足していることもあります。
また、幼稚園・保育所などが行っている営みが、子どもの育ちに必須の条件である「生活と遊び」であるということで、単なる子供を安全に預かる託児との違いがわかりにくい事が挙げられます。そのように、保護者と相互理解不足が原因で関係がうまく成立しにくいことも多いように感じます。
小学校以降の教育とは違い、目に見える数値化できることよりも、子どもの内面の育ちに価値をおく保育という営み自体が理解し得ないのだろうと常保護路感じることも多くあります。生活と遊びを基本とする幼児期の保育の特性は、当事者である園長や保育者ですら良く理解されていない現実をかいま見るとき、一般の保護者は分かりづらいのは当然とも言えます。
又、幼稚園教育要領に書かれている「環境による教育」や「心情・意欲・態度の育ちを目指す」育ちの方向目標についてもしかりです。
2-けんかは大切と思うが…
子ども達の発達特性として、乳児からの育ちの中で、徐々に他児が自分を映し出す鏡の存在となって、自分の特性や優位さ、また弱さや情けなさが自覚できるように育ちます。それを獲得する過程で、様々な葛藤やぶつかり合い、けんかという手段を通して実体験の中から人との関係と同時に自分と切り離れた他人を学びます。保育の現場では、そのことを学ぶときに不可欠な「けんか」「いさかい」を対人関係構築のための大切な要素と捉え、その経験も大切にしたいと思っていますが、結果的にひっかき傷をつくったり、押し倒されてこぶをつくったりすることも珍しいことではないため、保護者の了解が得られなければ制止する以外に方法がありません。結果的にぶつかり合うという貴重な経験を逃してしまうこともあります。
子どもの姿を観察していると、けんかの後数分もするとどちらともなく仲直りし、手をつないで仲良く遊ぶ姿も見られるなど、回復の早さに驚かされることがあります。けんかをすることで、以前より分かり合えたかのような様子に、『大人には真似できないな~』と感じることもしばしばです。子ども自身にとっても、貴重な経験をしたと実感できるときです。しかし、傷を負った子どもを迎えた保護者によっては、そのことを受け入れることが難しく、苦情を言ってこられることも珍しくありません。特に第一子の保護者は多くそのようにとまどわれます。がそれに当たります。保育の経験が浅い保育者にとって、これはこたえます。そんなことが多発すると、残念なことではありますが、けんかの場面はその段階で止めに入り、未然に防ぐことが優先します。これは保育者や園側の自己防衛でもあります。
3-目が行き届いていない!!
家庭から手紙の返事などを子どもに持たせ、「きちっと先生に渡すように」と指示して家を出したのに、帰宅後カバンを点検すると、その手紙がそのまま残っていた、と言って苦情を訴えられる場合もあります。子どもは家を出るときは、「先生に手紙を渡すこと」は頭にあったのですが、友達と一緒に夢中で遊んだため忘れてしまったのです。30名を超える園児のカバンの隅々をチェックするのは至難のことです。保護者にとって見ると我が子はオンリーワンの存在ですから、思わず「目が行き届いていないのでは…」という苦情になることがあります。
以上の事例でも分かりますが、最初の小さいボタンの掛け違いが、徐々に不信につながることもあり神経を使います。保育者によっては、子どもととの昼間の保育は楽しいのだけれど、放課後の保護者対応が嫌でたまらない、と言うことも良く聞く悩みです。
4-「子育てとは自分の子ども時代を生き直すことである」という事実
前述の言葉が示しているように、子どもを育てる営みは、自分を見つめることと同義です。渦中にいると、そんなに冷静に客観的に感じられることは少ないですが、実際は真実だと自分の子育て経験を通しても分かります。
母自身が小さい頃によい子として育てられ、はみ出すことが許されなかった第1子長女で女児の場合、往々にしてこうあらねばならない的な枠組みが強く、自分の産んだ長女にも強くそれを強要する姿が見られることがあります。そのような接し方を日常生活でされると、なかなか勇気を出して「初めてだけどやってみようか」と挑戦したりすることには消極的で、自己有能感=自分には能力があるという実感や自己肯定感=自分はこの世に生きていていいんだの育ちが促されることが難しく、周りの目が特に気になりオドオドする姿が見られることが多くあります。
他児から命令されていたり、虐げられるような場面など母親が参観でそのような場面に出くわすと、母自身がそのこと自体を受け入れるのはとても難しいためか、多くの場合、他児の我が子に対する関わりを非難したり、担任に矛先が向くことも珍しいことではありません。
筆者自身もたくさんそのような相談を経験しましたが、そのツボから抜け出すのは本当に難しいと感じます。ただ、第2子・3子になると人が変わったのではないかと思う位おおらかになられることも事実で、人は経験を超えることが出来ないのだと実感します。
3)関係構築のための具体的手だてとしては
1-「参観」ではなく、日常の保育に参加して頂く「保育参加」
日常の保育をよく知って頂くのが一番です。以前から保育参観を実施している園は多くありますが、近年、日常の保育に参加していただく機会を設けている園も増えています。幼児であれば、親が来ている事をある程度認識し出来ますので、「お母さん・お父さん先生」と言うことで保育参加が成り立ちますが、乳児の場合は四六時中べったりでそうはいきません。そんな場合完全に変装し、親であることを気付かれないようにして、保育に参加していただく園もあります。資料にもあるように、実施後の感想を見てみると、様々なことに気付かれたり、自分の子どもの特性を捉える良い機会になったり、職業としての保育者に尊敬を抱いたりと、とても意義が感じられます。
反対に、私たちが気付いていないことのご指摘をいただくこともあります。ありがたいことです。すぐ話を丁寧に聞いて対応し、園内で共有、改善点を伝えます。このような日常の交流が、園を改善に導き、信頼構築へと進化していきます。

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