学校法人あけぼの学園/社会福祉法人あけぼの事業福祉会
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安家周一
私自身のことになるが、私はあけぼの幼稚園卒園後地元の南桜塚小学校を経て、中学高校は東京で過ごし、大学は大阪に戻ってきて心理学を学んだ。その後2年間、一般企業に勤めたのちあけぼの幼稚園に奉職。10年間しょうがいを持つ子どもとの保育を経て大学院に入りなおし、修了後現在に至る。今年で幼児教育生活38年が終ろうとしている。
こんなに長い間同じ仕事を続けているのだが、未だに「これでいいんだ」「全てわかった」という確信はなく、子どもに対しては不思議さを覚え、教育方法、保育の手だても暗中模索、試行錯誤の繰り返しで、足りなさやわからなさを常に感じている。
イタリアのレッジョ・エミリア市は幼児教育で世界的に有名な都市であるが、現在代表を務めるリナルディはこのように述べている。「子どもの声を聴く哲学(The Pedagogy of listening)を重んじている。何より重要なのは始めに保育者の計画通りに保育を進めることではなく、子どものしぐさや言動からその思いやイメージを読み取り、保育を構想・組織化していくことであると述べている。まさしく「何かを教える」や「何かをやらせる」ことが優先するのではなく、子どもの心に寄り添うことがないよりも大切であると説いている。
ある財団の機関誌にこのような一文があり、同感であり紹介する。『何年やっても、子どものアイディアには良い意味で裏切られ、子どものすごさに打ちのめされます。だから、一緒に活動する、保育することは楽しいのです』このような子どもの声を聴こうとする保育は、子どもの集中・没頭を生み出し、困難なことにチャレンジしようとする意欲を育み、他者と協同して問題を解決する姿勢や自己に対する自信・自己肯定感を育むのである、と書かれている。
このような保育者の姿勢は、まさに正解のない教育である乳幼児期の保育の大人の姿勢を言い表している。小学校以降の義務教育から高校までの教育は学習指導要領に(大学には学習指導要領はない)よって学習する内容が規定され、人間が過去から蓄積してきた文化を憶え活用することが目指される。言い換えると第一議的には目に見えて数で測れることのできる「認知的能力」を高めることが要求される。もちろん質の高い教師は児童たちに洞察力を要求し、問題解決能力を重視し、ディスカッションや学び合いから豊かな授業を繰り広げているが、多くは教科書を忠実に教える従来手法から抜け出ていない現実もある。
それに比して乳幼児期の保育は測ることが難しい力である「愛他心・包容力・忍耐力・能動性・お互いが気持よくつきあう方法・長い短い、重い軽い、これとこれを混ぜるとこうなるのではないかなどの推理力・調度がわかる・・・」書きあげればきりがない、人が幸せに生きていくのに必要な力=非認知的能力のほとんどをこの時期に学ぶのである。実に壮大な学びの時間である。その人生にとって最も大切な時間を共有させてもらう存在として私たち「保育者」が存在するとすれば、子どもと私たち大人は尊敬し合い、学び合う存在でなければならないと思うのである。
我が敬愛する服部祥子さん(精神科医師・現頌栄短期大学学長)は人生を三幕ドラマであると著書に書かれている。第一幕は誕生から10歳・12歳まで。母なるものに包まれ親をはじめとする大人のそばで生活し、大人を真似ることで安心して過ごす時期である。この時期には前述の非認知的能力を多く学ぶ。優しい親に育てられた子は、優しさを身につけ虐待されればそのような育ちとなる。育てたように育つ時期を経て、第二幕。思春期に突入し親を疎ましく思う心や批判的に生意気を言ったり生きる。第一幕を基礎にしながらも自分はどのような人間なのかと葛藤し、自分の価値形成をはかる時期である。そして、一番時間的には長い第三幕である大人の時間が到来する。第一幕二幕を土台として社会での生活を行い、結婚し家庭を持ち、自分が育てられたように子どもを育て、我が子の第一幕に深く関わるという趣旨を述べておられる。子育てをするということは決して大人が子どもを育てるという一方通行ではなく、共に生活をする中で相互に影響し合い、関わり合いながら育ち合っていくのであろう。
私が36歳だったころ、大学院を修了した数人の幼児教育の仲間と話している時、「もっと学びたい」という一点で合意し研究会を作ることになった。当時滋賀大学におられた小田豊さんにスーパーバイザーを依頼し、しぶしぶ引き受けていただき現在まで26年間ご指導をいただいている。当時5人で始まった研究会であるが、現在では京阪神から50人を超える人が集い、年齢層も20代から70代までになった。また幼稚園・保育所の園長だけではなく、大学の教員、臨床心理を専門とする者、幼児教育関連会社や出版関係の人など多彩で、学びの多い時間を過ごさせていただいている。ありがたいことである。このような学びの時間を持てることに大きな喜びを感じると同時に、自身の学びが矮小で不勉強であることを学ぶにつれて実感する機会ともなっている。
私が小学校就学前の子どもたちにとの生活に楽しさやおもしろさを感じ、また、親子関係によって子どもの育ちが大きく変化することを実感するとき、そして子どもの不思議さや保護者の子育ての悩みにつきあうことを源泉として、学びへの意欲が沸々とわきあがるのである。
だからこの仕事をやり続けるしかないのである。
参考図書:子どもが育つみちすじ 服部祥子著 新潮文庫 2006